大須賀信敬(組織人事コンサルタント)
現在、従業員の離職に頭を抱える企業は少なくない。離職率が高い組織にはさまざまな共通点を見出すことができるが、その一つに自社の「社会的意義」の定義が不明確であるという特徴がある。なぜ、企業の「社会的意義」が曖昧だと、従業員の離職率が高くなるのだろうか。
売上を増やすことにしか興味がないリーダー
筆者が実際に受けた相談の一つを紹介しよう。営業部に配属された若手従業員からの相談である。
「ウチの会社の営業部では、配属直後から部長に新規受注を増やすよう、執拗に要求されます。思うように数字が上がらないと、部長から『早く何とかしろっ!』と毎日、せっつかれてしまいます。このような状況のわが部では、従業員が3年以上勤務した試しがありません。入社3年目に入った私も最近は、『自分はこの会社で何をしているのだろう?』と考えることが多くなりました。これ以上、この会社で働く意味はあるのでしょうか?」
従業員に行わせる業務には “意義” が必要である。「 “意義” が必要である」とは、「何のためにこの仕事をするのか」が明確になっている必要があるということである。さらに、仕事の “意義” は社会性の高い “意義” であるほど、従業員の好ましい行動を誘引する傾向にある。社会性の高い “意義” は従業員の心に訴えかけるものが多いため、“意義” の実現に向けて皆が困難にもめげず、一生懸命に働くようになるからである。
例えば、「日本の医療界に貢献する」「一人でも多くの人命を救う」などは、極めて社会性の高い “意義” といえる。新型コロナウイルス感染症がまん延する中、多くの医療従事者が多大な努力を惜しまずに医療行為に取り組むのは、まさにこのような社会性の高い “意義” の成せる業といえよう。
「社会的意義」が不明瞭な組織は離職率が上がる
社会性の高い “意義” とは、「第三者に貢献する」との視点を持つ “意義” のことである。従って、医療業界に限らずどのような業種・業態でも、社会性の高い “意義” を持つことは可能である。
例えば、飲食業を営む店舗が、「食で笑顔を増やす」との “意義” を持って経営していることがある。また、余暇産業を営む企業が、「アミューズメントで日常生活に潤いを提供する」との “意義” を掲げているケースも存在する。これらはいずれも「第三者に貢献する」との視点を持つ “意義” である。このように、社会性の高い “意義” の構築は、業種・業態の別を問わないものである。
これに対し、従業員に行わせる業務の “意義” を、「わが社を上場させる」「売上高○○億円を達成する」などとだけ示している企業もある。一般的に、これらは社会性の高い “意義” とはいえない。「第三者に貢献する」との視点が希薄な、極めて私的な “意義” だからである。
このような私的 “意義” だけを示された従業員が、“意義” の実現に向けて困難にもめげずに一生懸命に働くことは、通常はあり得ない。「わが社を上場させる」などの “意義” だけを掲げている組織に勤務する場合、従業員は「会社にいいように使われている」などのマイナス感情を持ちやすいためである。前述の若手営業部員のケースも、新規受注を増やすことばかりを執拗に求められている点で、このケースに該当するといえよう。
中には、そもそも事業を営む上で、“意義” などは定めていない企業も存在する。このような組織で働く従業員に至っては、「何のために働いているのか分からない」などの大きなマイナス感情にさいなまれやすい傾向にある。
従業員の心の中に芽生えた「会社にいいように使われている」「何のために働いているのか分からない」などのマイナス感情は、従業員の離職行動に拍車をかけることになる。
「社会的意義」の定義・浸透は経営者の役割
企業の経営姿勢はトップマネジメントのマネジメントスタイルに正比例する。そのため、事業の社会的な “意義” を明確化して従業員に浸透させているリーダーと、私的 “意義” しか示せていないリーダーとでは、組織が発揮するパフォーマンスの差は歴然としている。両リーダーがマネジメントする組織を比較した場合に、離職率に差異が生じやすいのもそのためである。
経営者たるもの、「わが社は何のために存在しているのか」という問いに対する回答を考えて、考えて、考え抜き、自社の社会的な “意義” を定義しなければならない。こうして明確化した自社の社会的な “意義” を、仕事の “意義” として全従業員に浸透できてはじめて、経営者の大きな責務の一つを果たしたことになる。
皆さんは「わが社は何のために存在しているのか」との問いに対する明確な回答を持っているだろうか。
Comments