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なぜ、若手社員に「コンプライアンス」を「法令遵守」とだけ説明してはいけないのか

                       大須賀信敬(組織人事コンサルタント)


若年社員に対する研修では、「コンプライアンス」に関する教育が不可欠である。ところで、社員教育の現場では「コンプライアンス」を「法令遵守」とだけ説明するのは、必ずしも好ましいとは言えない。それは一体、なぜだろうか。



「私はどんな法律を犯したのですか?」

現在、多くの企業が企業活動におけるコンプライアンスの重要性を認識し、新入社員に対しても「コンプライアンスを徹底するように」との教育を行っている。その際には、コンプライアンスを法令遵守と説明するケースが多い。つまり、コンプライアンスとは「法律を守ること」と説明しているものである。この指導に何か問題はあるだろうか。


それでは、コンプライアンスを法令遵守と教育する企業で、実際に起きた社員トラブルを紹介しよう。


とある企業が新型コロナウイルス感染症の影響で、社員に在宅勤務を命じた。しばらくして、業務進捗が芳しくない若手社員を上司が面談したところ、その若手社員は在宅勤務中に仕事をサボっていたことが判明した。やる気が出なかったそうなのである。


この話を聞いた上司は「在宅勤務で仕事をサボるのはコンプライアンス違反だぞ!」と若手社員を厳しく叱責した。ところが、若手社員は上司にこう反論した。「私はどんな法律を犯したのですか?」


この企業では新入社員研修で、コンプライアンスを法令遵守と説明していたものである。


企業コンプライアンスに必須の『企業倫理の3階層』

確かに、辞書的な意味合いでは、コンプライアンスは法令遵守と説明されることが多い。そのため、多くの企業では社員に対し、コンプライアンスを法令遵守と教育しがちである。


しかしながら、企業活動に要求されるコンプライアンスとは、法令遵守よりもはるかに広い概念である。


企業活動に携わる上では、仮に法令に定めがなかったとしても、企業内・業界内に定めがあるのであれば、その定めも遵守しなければならない。さらには、法令、企業内・業界内のいずれにも定めがなかったとしても、社会通念に照らして好ましくないと思われる非倫理的な行動は決してとってはならない。


これが企業活動に要求されるコンプライアンスの概念である。このような考え方を『企業倫理の3階層』などと呼ぶ。整理をすると次のとおりである。


『企業倫理の3階層』

 第1階層:法令を遵守した行動をとること

 第2階層:法令に定めがない場合でも、企業・業界内規則を遵守した行動をとること 

 第3階層:法令、企業・業界内規則のいずれにも定めがない場合でも、倫理的な行動をと 

      ること


服務規定に反すれば「第2階層」違反

具体例で考えてみよう。初めに第1階層の「法令を遵守した行動をとること」である。


現在、時間外労働の上限規制というルールが、企業規模を問わずに適用されている。このルールでは、時間外労働の上限は原則として月45時間、年360時間とされている。


そのため、本規制に沿った労務管理を行わなければ、労働基準法を遵守していないこととなり、『企業倫理の3階層』の第1階層に反することになる。これが、一般的に言われるコンプライアンスの概念である。


次に、第2階層の「法令に定めがない場合でも、企業・業界内規則を遵守した行動をとること」の例を見てみよう。


前述の在宅勤務を命じられた若手社員のケースを考えてみよう。確かに、「在宅勤務中に仕事をサボってはいけない」などと直接的に定めた法令があるわけではない。ところで、先ほどの企業が在宅勤務規程を作成しており、規程の中で「在宅勤務中は業務に専念をすること」という服務規定を設けていたらどうだろうか。


この場合には、在宅勤務で仕事をサボっていた若手社員は、企業が定めた服務規定に従っていないことになる。そのため、「法令に定めがない場合でも、企業・業界内規則を遵守した行動をとること」に反しており、『企業倫理の3階層』の第2階層違反となるのである。


「常に倫理的な行動をとること」まで求められる

最後に、第3階層の「法令、企業・業界内規則のいずれにも定めがない場合でも、倫理的な行動をとること」を考えてみよう。この点につては、少し古いが象徴的な事例を紹介しよう。


今から約20年前、大手飲料会社による食中毒事件が発生した。その際、経緯説明の記者会見を一方的に打ち切った企業側に対し、多くのメディアが会見の延長を求めて詰め寄る事態となった。これに対し、企業側のトップは記者たちに向かい「私は寝ていないんだよ!」と声を荒らげて立ち去ろうとした。「自分は寝ておらずに疲れているから、会見の延長はしない」という趣旨の発言だが、これが殊のほか大きな社会的批判の的となったものである。


「私は寝ていないんだよ!」と声を荒らげる行為は法律で規制されているわけではなく、企業・業界内規則で禁じられているわけでもない。それにもかかわらず大きな社会的批判の的となった理由は、この状況を見ていた多くの国民が「企業トップの行動として倫理的ではない」と判断したからである。これが第3階層の考え方である。


ぜひとも、若手社員の皆さんに『企業倫理の3階層』の考え方を伝えてほしい。

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