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ブラック企業問題が新入社員に与える弊害とは?

                       大須賀信敬(組織人事コンサルタント)


社員に違法な労働を強要する企業をブラック企業などという。ブラック企業が抱える問題点はもちろんその違法性にあるのだが、ブラック企業問題が大きく取り上げられたことに起因して “大きな弊害” が発生していることをご存知だろうか。それは新入社員や若手社員から「仕事に一心不乱に取り組む姿勢」を奪い去ってしまうケースがあるという問題である。



仕事に身が入らない新入社員

ブラック企業という言葉がメディアで数多く取り上げられるようになり、自身が所属する企業の違法性を気にする労働者が増えている。この点では新入社員も例外ではなく、入社した企業の違法性ばかりを気にする新入社員が存在するケースも少なくない。ところが、新入社員のこのような傾向が、職業人としてのスキルアップや好ましい意識形成の大きな阻害要因になることがある。


学生生活を終え、社会人になりたての若者にとり、入社1年目はまさしく勝負の年である。業務に必要な知識・スキルを身に付け、職業人としての好ましい思考方法・行動様式を身に付けるために、日々努力を重ねなければならない極めて重要な時期が入社1年目だからである。まさしく「仕事に一心不乱に取り組む姿勢」が必須の時期と言える。


しかしながら、ブラック企業問題が数多く取り上げられた結果、入社早々「企業の自分に対する処遇に違法性がないか」ばかりを気にして過ごしている新入社員が散見されている。例えば、「就業規則は適法に整備されているか」「休暇取得のルールはどうなっているか」「時間外勤務、時間外手当の取り扱いに問題はないか」ばかりを気に掛けながら、将来ある若手人材が日々を過ごしているわけである。


「一生懸命に働く心」を奪ったブラック企業問題

労務問題で書類送検される企業が後を絶たない現在の社会情勢を鑑みれば、これも致し方ないことかもしれない。しかしながら、このような新入社員は大事な点を見逃している。それは新入社員自身も入社した会社に対して労働契約上の重要な義務を負っているという事実である。


ブラック企業問題が注目されるようになり、とかく企業側の義務ばかりが取り沙汰される傾向にある。そのため、労働者本人にも企業に対して労働契約上の義務が存在することが忘れられがちである。労働契約に基づく労働者の義務にはさまざまあるが、最も中心となる義務が「労務提供の義務」である。「労務提供の義務」とは単に働けばよいわけではなく、「 “誠実に” “良質な” 労務を提供すること」が求められるものである。


入社早々、労働条件の不備捜しばかりに心を奪われている新入社員の勤務態様が、労働契約に基づく「 “誠実に” “良質な” 労務を提供する義務」を果たしているかと言うと、極めて疑問である。業務に必要な知識・スキルの修得に身が入らず、「企業の処遇に違法性がないか」ばかりを気にして日々を過ごしているからである。このように、ブラック企業問題は社員を労務問題ばかりに注視させた結果、社員から「一生懸命に働く姿勢」を奪い取るケースがあるという大きな弊害を発生させていると言える。


ビジネスの醍醐味は一心不乱に取り組んだときに生まれる

入社1年目はこれからさまざまな知識・スキルを身に付け、一人前の職業人として成長するための基礎を築く最も重要な年である。特に、この年に社会人・職業人に求められる “好ましい思考方法・行動様式” を身に付けられないと、その後の職業人人生で大きな損失を被ることにもなりかねない。それにもかかわらず、入社1年目に「企業の自分に対する処遇に違法性がないか」ばかりに気を取られ、知識・スキルの習得に身が入らないのは、企業にとっても新入社員本人にとっても極めて不幸なことである。


その意味で、多くの若者から「一生懸命働く心」を奪い去ってしまうことがあるブラック企業問題の罪は極めて大きい。一心不乱に仕事に取り組んだ結果、期待を上回る付加価値を生み、大きな成長と充実感を得るというビジネスの醍醐味を奪ってしまったからである。


新入社員に対して、「入社1年目の意義を忘れず、仕事に一心不乱に取り組んでほしい」と願うリーダーは少なくないであろう。もちろん、適法な範囲での “一心不乱” であることは言うまでもない。

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