組織からの独立と厚生年金

                       大須賀信敬(組織人事コンサルタント)


今まで勤めていた企業を辞め、独立して仕事をする道を選ぶ人は少なくない。「雇われる立場」から「組織を経営する立場」「自身のスキルで稼ぐ立場」に変わった場合、公的年金上の取り扱いはどのようになるのだろうか。



「法人」を立ち上げると、厚生年金への加入が必須

会社を退職して起業や独立開業をした場合、公的年金上の取り扱いは「どのような事業を立ち上げたか」により異なる。具体的には法人事業を立ち上げたのか、個人事業を立ち上げたのかで年金上の取り扱いは違ってくることになる。


例えば、立ち上げた事業が株式会社などの法人が行う事業であれば、その組織は公的年金上、必ず厚生年金の対象の組織という位置付けになる。従って、法人設立に伴い、法人自体が厚生年金に加入する手続きを取らなければならず、法人の役員・従業員は原則として厚生年金に加入することになる。この場合、法人の規模は一切、関係がない。どんなに小規模の組織であったとしても、法人であるならば必ず厚生年金の対象とされる。このような組織体のことを厚生年金では強制適用事業所と呼ぶ。


必ず厚生年金の対象とされる強制適用事業所の定義のひとつに、「法人事業所で常時従業員を使用するもの」というものがある。厚生年金保険法第6条にこのことを記した条文があるため、厚生年金の加入ルールを説明する際によく使用される表現である。そのため、中には「法人事業所で常時従業員を使用するもの」という条文の表現を反対解釈し、「法人でも従業員を雇っていなければ、厚生年金の加入義務がない」と考えている経営者の方がいるようだが、その解釈は誤りである。


厚生年金保険法に示されている「法人事業所で常時従業員を使用するもの」の「従業員」とは、経営者を含む概念だからである。同法では「経営者は法人に使用される立場である」という考え方を採用している。従って、たとえ法人が従業員を1人も雇っていなくても、経営者は必ず存在するので、同法でいうところの「従業員」は存在することになる。そのため、代表取締役1名だけで構成される株式会社を立ち上げたとしても、その株式会社は厚生年金の強制適用事業所となり、代表取締役が厚生年金に加入しなければならないことになる。


保険料負担が大変でも支払いは免除されない

法人を立ち上げると厚生年金への加入が義務になるということは、月々の保険料負担が発生するということである。厚生年金の保険料率は他の社会保険制度よりも高く設定されており、企業側は役員・従業員の保険料の半分を負担しなければならない。そのため、法人にとり厚生年金保険料の負担は決して小さいとは言えず、経営圧迫の要因になることも少なくない。


保険料支払いが経済的に厳しい場合、国民年金であれば所得審査の結果、保険料の支払いが免除される保険料免除制度が用意されている。しかしながら、資金繰りが困難になった企業に対して厚生年金の保険料支払いを免除する仕組みは存在しない。従って、法人設立に当たっては「厚生年金の保険料負担に耐えられるのか」という点も大きなポイントになるといえる。


また、個人事業を立ち上げた場合でも、業種、従業員数によっては必ず厚生年金の対象とされる強制適用事業所になるケースがある。たとえば、物品を販売する事業を個人事業で立ち上げた場合、事業主1人で営業しているのであれば、厚生年金の強制適用事業所とはされない。しかし、事業が拡大し、従業員数が5人以上になった場合には、個人が経営する組織であったとしても厚生年金の強制適用事業所とされる。「個人事業の場合には厚生年金の対象になることはない」という誤解もあるようだが、個人事業であっても厚生年金の強制適用事業所になるケースが存在するので注意したい。


ただし、個人事業が従業員数の増加により厚生年金の強制適用事業所になったとしても、法人事業と異なり、個人事業主本人は厚生年金に加入することが認められていない。従って、従業員だけが厚生年金に加入することになり、個人事業主は全従業員の厚生年金保険料の半分を負担しなければならなくなる。


法人事業は必ず厚生年金の対象になり、個人事業でも厚生年金の対象になるケースがある。厚生年金の対象になる事業を開始する行為は、「社会保険料の支払い義務」という大きな社会的責任を伴う行為といえる。従って、起業や独立開業をする際は、社会保険料支払いで経営が頓挫することのないよう、事前に売上予測や財務余力を十分に精査することが重要になるだろう。

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