大須賀信敬(組織人事コンサルタント)
起業意欲が旺盛な経営者の場合には、現在、経営している企業とは別に法人を設立し、新設法人の代表取締役にも就任することがあるだろう。また、優秀な経営者であれば、自社を経営しながら、同時に他社の経営も依頼されることがあるかもしれない。このように、同時に複数の企業を経営する立場になった場合、将来受け取る年金には何か変化があるのだろうか。
2社を経営する社長は、2社で同時に厚生年金に入る
例えば、A社で代表取締役を務める経営者が、厚生年金に加入しながら働いているとしよう。後日、この経営者がB社という別法人も設立し、B社の代表取締役にも就任したとする。
同一人物が2つの企業を同時に経営している状態である。このような場合には、原則としてこの経営者は、B社でも厚生年金に加入しなければならない。つまり、A・B両社で同時に厚生年金に加入することになるわけである。
複数の企業で同時に厚生年金に加入して勤務する状態のことを、「二以上事業所勤務」と呼ぶ。A社の代表取締役であるこの人物も、B社を設立して代表取締役に就任したことにより、厚生年金上は「二以上事業所勤務」と呼ばれる状態に該当したことになるのである。
それでは、「二以上事業所勤務」に該当したことにより、この経営者の将来の年金には何か変化が起こるのだろうか。
「二以上事業所勤務」は年金増額に有利
厚生年金の老後の年金は、「厚生年金に加入した期間の長さ」と「給料額、賞与額の多さ」の両方に比例して金額が決定されるのが原則である。
例えば、前述の経営者が、A社から月額30万円の役員報酬を受け取っているとする。この場合には、この30万円が将来受け取る年金額に反映することになる(年金額に反映する具体的な仕組みは難解なため、本稿では説明を割愛する)。
ところが、この経営者がB社の代表取締役にも就任し、B社からも月額30万円の役員報酬を受け取ると、A社の役員報酬30万円とB社の役員報酬30万円とを合算した60万円が、この経営者の年金額に反映することになる。さらに、A社からは役員賞与を受け取っていないが、B社からは役員賞与を受け取っているなどの事情があれば、B社の賞与も年金額に反映する。
将来の年金額は「給料額、賞与額の多さ」に比例して決まるのだから、A社だけを経営しているよりは、A・B両社を経営するようになったほうが、当然、将来受け取る年金額が多くなるわけである。「二以上事業所勤務」という仕組みには、年金の受け取り上、このようなメリットが存在することになる。
すでに高額の役員報酬を受け取っていたら、年金の増額は期待できない
ただし、「二以上事業所勤務」の状態に該当しても、将来の年金の増額が期待できないケースもある。すでに、高額の役員報酬を受け取っている場合である。
実は、年金額の計算に使用される月額報酬には、65万円という上限額が定められている。つまり、65万円を超える報酬を受け取っても、年金額を決定する上では「65万円の報酬が支給された」として計算されることになる。
例えば、前述のケースで、A社の役員報酬を月額50万円、B社の役員報酬を月額30万円だとしてみよう。この場合に、A・B両社の役員報酬を合算した80 万円が、この経営者の将来の年金額に反映するわけではない。年金額に反映する役員報酬は、80万円のうちの65万円までということになる。仮に、A社の役員報酬が65万円以上であれば、B社の役員報酬は将来の年金額にまったく反映することがない。
賞与についても同様のことがいえる。年金額の計算に使用される賞与額には、1カ月当たり150万円という上限額が定められている。そのため、A・B両社で同一月に受け取った役員賞与の額を合算して150万円を超える部分については、将来の年金額には全く反映することがないわけである。
届出は「二以上事業所勤務」に該当した本人が行う
厚生年金関係の手続きはほとんどのケースで、企業側に日本年金機構への届出義務が課されている。
しかしながら、社員・役員が「二以上事業所勤務」に該当した場合については、企業側にその事実を届け出る義務はない。「二以上事業所勤務」の場合には、該当した本人が自ら日本年金機構に届け出なければならない仕組みになっている。
前述のケースでいえば、A・B両社を経営するようになった経営者本人が、その事実を届け出なければならない。仮に、年金の増額に役立たないような「二以上事業所勤務」であったとしても、届け出は必須である。該当する経営者の皆さんは、忘れずに手続きをしていただきたい。
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