大須賀信敬(組織人事コンサルタント)
日本国内で雇用されていた外国籍の従業員が仕事を辞めて母国に帰ると、脱退一時金という金銭を受け取れることがあるのをご存じだろうか。実は、今年度からは制度改正により、以前よりも脱退一時金が多くもらえるケースが発生している。そこで今回は、外国人労働者のための社会保険制度のひとつである脱退一時金について、制度改正の仕組みや実務上の留意点を整理してみよう。
年金保険料の掛け捨てを防ぐ脱退一時金
脱退一時金とは年金制度の一種であり、外国籍者に対して国民年金や厚生年金の制度から支払われる金銭である。
現在、来日して働く外国籍者は少なくない。外国籍者が日本で働く場合には、要件を満たせば日本国籍者と同様に国民年金や厚生年金への加入が強制され、月々の保険料の納付が義務付けられる。
ただし、日本で働く期間が短い外国籍者の場合には、納めた保険料が将来の年金の受け取りに結び付かないケースも出てくる。日本の年金制度では、将来、年金を受け取るためには原則として10年以上加入し、保険料を納めることが必要だからである。
例えば、日本で6年働き、その後に帰国する外国籍者の場合、働いている6年間は月々の年金保険料の納付が義務付けられる。しかしながら、将来、日本の年金を受け取るには加入期間が4年不足するため、6年分の保険料支出が年金に全く結び付かないことになる。いわゆる、保険料の掛け捨て状態になるわけである。
そこで、年金を受け取る基準を満たせずに帰国した外国籍者に対し、納めた年金保険料の一部を払い戻すような仕組みが用意されている。これが脱退一時金である。
金額に反映する加入期間が「3年」から「5年」へ
脱退一時金は、国民年金または厚生年金への加入実績が6カ月以上ある外国籍者に対し、加入期間の長さに応じて金額を決定し、支払われるものである。ただし、年金制度の加入期間が5年を超えても、支払われる金額は5年の加入時と同額になる。つまり、脱退一時金の額に反映する加入期間は、5年が上限年数とされている。
実は、2020年度までは、上限年数が3年と定められていた。しかしながら、2021年度からは上限が5年に引き上げられたため、3年を超えて日本で勤務する外国籍者の場合には、受け取れる脱退一時金の額が従前よりも増えたわけである。
例えば、日本で6年間、年金制度に加入のうえ勤務し、その後母国に帰った外国籍者の場合、昨年度までのルールでは支払われる脱退一時金の額は3年の加入として計算されていたものが、今年度からは5年の加入で計算されることになる。
この点が、2021年度から「外国籍従業員の脱退一時金が増額された」とされる所以(ゆえん)である。
脱退一時金を受け取らないほうが有利な外国籍者もいる
ただし、脱退一時金を受け取ることが本人のためにならない外国籍者も存在するので、注意が必要である。理由は、日本での年金加入期間が10年未満であっても、外国籍者の出身国によっては、将来、日本の年金を受け取れるケースがあるからである。
日本では、海外で働く日本国籍者や日本で働く外国籍者に対して年金上の便宜を図るため、他国との間で『社会保障協定』を締結していることがある。この協定の中には、「母国と相手国での年金加入期間を足して基準年数を満たせば、年金を支払う」という約束事を定めているケースがある。このような仕組みを『年金加入期間の通算』という。
例えば、外国籍者が日本の厚生年金に6年加入して働き、その後、母国に帰国した場合には、日本の年金を受け取れる基準年数である10年を満たしていないため、将来、日本の年金を受け取れないのは前述のとおりである。しかしながら、この外国籍者がアメリカ国籍の場合には、事情が変わってくる。
日本とアメリカとでは『社会保障協定』を締結しており、国家間で『年金加入期間の通算』が約束されている。そのため、厚生年金の加入期間である6年にアメリカの年金制度の加入期間を加えて10年の基準を満たすのであれば、日本の厚生年金から「6年間の加入に応じた年金」が受け取れることになるのである。
原則として、年金は生涯、受け取り続けることが可能なため、脱退一時金を受け取るよりも、受け取り総額が多額になるケースが多い。それにもかかわらず、外国籍者が脱退一時金を受け取った場合には、その後に『社会保障協定』を利用した年金の受け取りには切り替えられないため、大きな不利益を被ることも少なくない。
退職時には『年金加入期間の通算』の説明をしっかりと
本稿を執筆している2022年2月現在、日本との『社会保障協定』が締結・発効している21カ国のうち、『年金加入期間の通算』が約束されているのは、次の18カ国である。
1.ドイツ 2.アメリカ 3.ベルギー 4.フランス 5.カナダ
6.オーストラリア 7.オランダ 8.チェコ 9.スペイン 10.アイルランド
11.ブラジル 12.スイス 13.ハンガリー 14.インド 15.ルクセンブルク
16.フィリピン 17.スロバキア 18.フィンランド
ただし、中には「年金の受け取りは何年も先のことなので、すぐに受け取れる脱退一時金をあえて申し込む」との選択をする外国籍者がいるかもしれない。脱退一時金と年金のどちらが望ましいかは、個々人の事情・考え方によりさまざまと言えよう。
従って、上記各国の出身者が退職する際には『年金加入期間の通算』の仕組みをよく説明し、脱退一時金を受け取るか、将来、年金として受け取るかを本人によく検討させることが重要となるであろう。
《参考》
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