大須賀信敬(組織人事コンサルタント)
来年(令和4年)4月から、厚生年金の「在職定時改定」という制度が開始されることをご存じだろうか。この制度は、年金をもらいながら働く65歳以上の社員が恩恵を受けられる制度である。今回はこの制度の概要を整理してみよう。
保険料を毎月納めても、年金はすぐに増えない
厚生年金に一定の加入歴がある場合、65歳になると老齢厚生年金という名称の年金を受け取る。そのため、原則として65歳以上の社員は、「給与」と「年金」という2つの収入を得ることになる。
また、厚生年金に長く加入するほど老齢厚生年金は増額されるので、65歳以上の社員が厚生年金に加入しながら勤務している場合には、現在の年金額がさらに増えることになる。
ただし、厚生年金の保険料を毎月納めていても、65歳以上の社員の年金額はすぐに増額されるわけではない。65歳以降の厚生年金の加入実績を含めて年金額が増えるのは、原則としてその社員が「厚生年金を辞めた時」または「70歳になった時」のいずれかの時点だからである。
例えば、65歳の社員が70歳まで厚生年金に加入して働き続けた場合、65歳以降の厚生年金の加入実績を含めて年金が増額されるのは、70歳になってからとなる。65歳から70歳までの5年間については、毎月保険料は納めるけれども年金額が増えることはない。
これが現行の仕組みであり、図で見ると次のようなイメージとなる。
年に1回、年金額が増える「在職定時改定」
令和4年度から始まる厚生年金の「在職定時改定」とは、65歳以上の社員が厚生年金に加入しながら勤務している場合に、毎年1回、決まった時期に年金額の再計算を行う仕組みである。厚生年金を辞めていなくても、また、70歳になっていなくても決まった時期が到来すれば、それまでの加入実績を踏まえて年金額を増額させるものである。
具体的には、毎年9月1日時点で厚生年金に加入している場合、その前月である8月までの加入実績を年金額に反映して増額し、10月分の年金から増えた金額に基づいて支払うという仕組みである。10月分の年金が実際に支払われるのは12月なので、毎年、12月に支払われる年金から増えた金額を受け取れることになる。
例えば、65歳以降に標準報酬月額20万円(実際の給与額は19万5千円以上21万円未満)で厚生年金に加入して1年間勤務し、「在職定時改定」が行われた場合には、一般的には年間で1万3千円ほど年金額が増額されることになる。
65歳の社員が70歳まで上記の基準で厚生年金に加入して働き続けた場合、現行制度であれば70歳になるまで年金額が増えることはないが、「在職定時改定」が行われれば、毎年約1万3千円の年金額増となり、働いた結果が年金という形で実感しやすくなる制度といえる。
図で見ると、次のようなイメージとなる。
高所得者は年金カットの原因にも
以上のとおり、「在職定時改定」は65歳以降の厚生年金加入者について、年に1回、加入実績を年金額に反映させることにより、現行制度よりも早いタイミングで年金収入を増やす仕組みである。その結果、年金をもらいながら働く65歳以上の人の経済的基盤を少しでも充実させようというのが、「在職定時改定」の考え方である。
しかしながら、給与や年金の金額が大きい社員の場合には、「在職定時改定」が行われた結果として、年金のカットが発生することも懸念される。
厚生年金の制度には、65歳以上の人が厚生年金に加入しながら働いている場合に、給与・賞与・年金の3つの金額を用いて一定の計算を行った結果が「47万円」を超過した場合には、超過額の2分の1の金額を1カ月分の年金額からカットするという仕組みが用意されている。このような仕組みを在職老齢年金という。
そのため、現行の制度であれば在職老齢年金の対象とならない社員でも、「在職定時改定」により年金額が増えた結果として在職老齢年金の対象となってしまい、年金額が一部カットされてしまうという事態も起こりかねない。
在職老齢年金でカットされた年金は、2度と受け取ることはできない。そのため、年金を受け取りながら働く社員の中には、「在職老齢年金で年金がカットされるのは、どうしても許せない」との考えを持つ者が少なくない。そのような社員は、年金がカットされない範囲の給与額で勤務することを希望する傾向にある。
そのため、令和4年度からは「在職定時改定」で年金額が増えた分、給与額を減らすために雇用契約の内容を見直す等の希望が出される可能性もある。人事部門の皆さんは、このようなニーズが発生することも見据え、必要な準備を進めていただきたい。
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