2026年税制改正の年金への影響
大須賀信敬(特定社会保険労務士)
2026年3月31日、「所得税法等の一部を改正する法律案」が成立した。新しいルールは2026年分の所得税から適用される。年金受給者も少なからず影響を受けることになるだろう。そこで今回は、2026年度の税制改正が年金受給者に与える影響を整理してみよう。

目 次
「178万円以下」の給与収入は非課税に
令和8年度の税制改正により、所得税のルールが一部変更されることになった。数ある改正点のうち、年金受給者に関係する主な項目は次のとおりである。
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これらの改正は、令和8年分の所得税から対象とされます。順番に見ていこう。
はじめに、基礎控除の引き上げである。所得税の基礎控除額は、合計所得金額が2,350万円以下の場合、税制改正前は58万円を原則としていた。さらに、中低所得者層に対しては段階的に金額が上乗せされ、63万円・68万円・88万円・95万円の各控除が認められている。
これに対し、税制改正後は62万円が原則とされた。中低所得者層にはこの金額に5万円または42万円の上乗せが行われ、67万円・104万円の控除がそれぞれ適用される。したがって、基礎控除の最大額は改正前の95万円から改正後は104万円と、9万円アップすることになる。
今回の基礎控除の引き上げは、物価高に対応することを目的としている。物価が上昇すると、基礎控除の価値が相対的に低下してしまうためである。過去2年間(令和5年10月から令和7年10月まで)の消費者物価指数の上昇率が6.0%だったため、原則的な基礎控除額を58万円から62万円へと約7%引き上げ、物価の上昇に対応しようというわけだ。
ちなみに、所得税の基礎控除は長年38万円とされてきたが、令和2年に48万円に引き上げられた。その後、令和7年に原則58万円へ引き上げられた後に今回の改正に至ったため、2年連続の引き上げとなる。ただし、合計所得金額2,350万円超の場合は、基礎控除額に改正はない。
次に、給与所得控除の最低保障額の引き上げである。給与所得控除の最低保障額は、改正前は給与等の収入金額が190万円以下の場合に65万円だった。改正後は、給与等の収入金額が220万円以下の場合、74万円とされている。給与所得控除の最低保障額も、令和7年にそれまでの55万円から65万円に変更されているので、2年連続のアップになる。
なお、基礎控除の最大額・給与所得控除の最低保障額の引き上げにより、税制改正後は両者を足した178万円(=104万円+74万円)までは所得税がかからないことになる。つまり、パート勤務などをしても178万円以下の給与収入であれば、基礎控除と給与所得控除を足した金額の範囲内なので所得税負担が生じないわけである。
つい最近まで、パート勤務者には「103万円の壁」が存在するといわれていた。ところが、昨年度(令和7年度)の税制改正で、基礎控除の最大額・給与所得控除の最低保障額の和である160万円までであれば課税されなくなり、いわゆる「103万円の壁」は消滅している。今回の改正では課税ラインがさらに18万円引き上げられ、178万円に変更されたわけである。
以上のような税制の改正は、「パート勤務者の就業調整を削減すること」も目的に実施されたといえる。
図表01

また、基礎控除の引き上げに伴い、扶養控除などの対象になる扶養親族等の所得要件も、これまでの58万円以下から62万円以下に改正されている。
引き過ぎた税金は年末に払い戻し
それでは、今回の所得税改正が、年金を受け取っている皆さんにどのような影響を与えるかを見ていこう。
年金のうち所得税が課税されるのは、老齢基礎年金などの老齢年金である。改正によって基礎控除が増えるということは、その分だけ老齢年金から天引きされる所得税が少なくなることを意味する。受給者にとっては嬉しい税制改正といえるだろう。
ただし、今回の改正は令和8年分の所得税から適用されるにもかかわらず、令和8年の年金支払いはすでに半分が終了している。そのため、老齢年金の受給者については、次のような対応で税金の精算を行うこととされている。
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年金から天引きされる所得税の額は、一般的には次のような計算式で算出される。
源泉徴収税額=(年金支給額-社会保険料-各種控除額)×5.105% |
上記式の「各種控除額」には、受給者全員に適用される「公的年金等控除と基礎控除に相当する額」が含まれている。この額のことを「基礎的控除額」と呼ぶ。今回の法改正では基礎控除の引き上げが行われたため、年金からの源泉徴収税額の計算式でも「基礎的控除額」の部分が変更になる。
なお、これまでの「基礎的控除額」は年齢と年金額の相違により、計4種類の算出方法が使用されていた。これに対し、税制改正後の「基礎的控除額」は年齢の相違のみにより、2種類の算出方法が使用される。
令和8年11月の年金支払いまでは「改正前の税額」を天引きするため、新しい「基礎的控除額」に基づく源泉徴収は令和8年12月の年金支払い時から行われる。令和8年12月の年金支払い時に用いられる「基礎的控除額」を同年11月までと比較すると、65歳未満の場合は下図のとおりである。
図表02

65歳以上の場合は若干数字が変わり、次のとおりとなる。
図表03

払い戻す額はこう計算する
年金受給者に払い戻される税金の額を、具体例を使って考えてみよう。老齢年金を受給するAさん(70歳)の年金額は、240万円(月額200,000円)である。年金から引かれる社会保険料の合計額は、月額15,000円とする。基礎的控除額以外の控除はない。
それでは、Aさんの令和8年11月までの年金支払い時に差し引かれる所得税を計算してみよう。はじめに、基礎的控除額は次のように算出される。
■ Aさんの令和8年11月までの基礎的控除額 年金の月額×25%+105,000円 =200,000円×25%+105,000円 =155,000円 計算結果は175,000円未満なので、基礎的控除額は175,000円。 |
Aさんの令和8年11月までの年金支払いで使用される基礎的控除額は、175,000円と計算できた。この数値を使って源泉徴収税額を計算すると、次のようになる。
■ Aさんの令和8年11月までの源泉徴収税額 (年金支給額-社会保険料-各種控除額)×5.105% ={(200,000円-15,000円-175,000円)×2カ月}×5.105% =(10,000円×2カ月)×5.105% =1,021円 |
Aさんの令和8年11月までの年金支払い時の源泉徴収税額は、1,021円になった。次に、令和8年12月の年金支払い時について、基礎的控除額から算出してみよう。
■ Aさんの2026年12月の基礎的控除額 年金の月額×25%+110,000円 =200,000円×25%+110,000円 =160,000円 計算結果は180,000円未満なので、基礎的控除額は180,000円。 |
Aさんの令和8年12月の年金支払いで使用される基礎的控除額は、180,000円と計算できた。この数値を使って源泉徴収税額を計算すると、次のようになる。
■ Aさんの2026年12月の源泉徴収税額 (年金支給額-社会保険料-各種控除額)×5.105% ={(200,000円-15,000円-180,000円)×2カ月}×5.105% =(5,000円×2カ月)×5.105% =510.5円 ≒510円 |
令和8年12月の年金支払い時の源泉徴収税額は510円になった。この金額が、Aさんにとっての令和8年の本来の源泉徴収税額になる。しかしながら、それまでの源泉徴収税額は1,021円だったので、Aさんの年金からは本来の額の2倍近くが差し引かれていた計算になる。
したがって、令和8年12月の年金支払い時に、引き過ぎた税金が払い戻される。Aさんに令和8年12月に還付される金額を計算すると、次のとおりとなる。
■ Aさんに2026年12月に還付される金額 引き過ぎた所得税の合計額-12月の源泉徴収税額 =(1,021円-510円)×5回-510円 =511円×5回-510円 =2,555円-510円 =2,045円 |
以上から、Aさんに対する令和8年12月の年金支払いでは所得税の源泉徴収はなく、2,045円の払い戻しが行われることが分かる。
図表04

以上の精算手続きは、すべて日本年金機構側で自動的に行われる。受給者が精算作業を申し込むなどの必要は、一切ない。老齢年金をもらっている皆さんにとっては、黙って待っていれば自動的に税精算が終了する仕組みといえる。
ただし、すべての老齢年金受給者が、もれなく税金還付の恩恵を受けられるわけではない。年金から所得税が源泉徴収されていない人の場合には、還付できる税金もないからである。
「新たに扶養親族などの要件を満たした親族」がいれば確定申告を
令和8年度の税制改正に伴う年金受給者の税金の精算は、原則として自動的に行われる。ただし、税制改正に伴って「新たに扶養親族などの要件を満たした親族」がいる場合、その分の控除は自動的に適用されることがない。
今回の税制改正では基礎控除が引き上げられたことに伴い、扶養控除などの対象になる扶養親族等の所得要件もこれまでの58万円以下から62万円以下に改正されている。そのため、所得要件が引き上げられたことにより、「新たに扶養親族などの要件を満たした親族」が存在することもあるだろう。その親族の控除も受けられれば、税負担は一層軽くなる。
しかしながら、令和8年の年金支払い時に適用される所得税の控除は、受給者が昨年(令和7年)に日本年金機構に提出した『公的年金等の受給者の扶養親族等申告書』(以下『扶養親族等申告書』)の記載内容に基づいて行われている。そのため、日本年金機構では各受給者について、税制改正に伴う「新たに扶養親族などの要件を満たした親族」の有無を把握していない。
したがって、令和8年12月の年金支払い時に「新たに扶養親族などの要件を満たした親族」の控除を加味することができないわけである。適用を受けたければ、来年(令和9年)2月の確定申告で申請をする必要がある。
また、何らかの理由で令和8年12月に年金の支払いがない場合も、日本年金機構による自動精算の対象外となる。このようなケースでも、確定申告をすれば適切な税精算が行われる。
「65歳以上で年金214万円未満」なら源泉徴収なしに
令和8年度税制改正では、基礎控除の引き上げに伴い、所得税の源泉徴収の対象にならない年金額も次のように改正されている。
■ 源泉徴収の対象外となる年金額 ・65歳以上 … 214万円未満 ・65歳未満 … 164万円未満 |
源泉徴収の対象外の年金額は令和7年にも引き上げられているため、2年連続の引き上げである。源泉徴収の対象外の年金額について、近年の状況を整理すると次のとおりでる。
図表05

源泉徴収がなくても『扶養親族等申告書』が必要になることも
『扶養親族等申告書』は老齢年金から所得税が源泉徴収される対象者に、日本年金機構から自動的に送付される。令和8年分であれば、原則として老齢年金の金額が65歳未満で155万円以上、65歳以上で205万円以上の場合、申告書が送られていた。そのため、老齢年金を受け取っていても、これらの金額未満であれば『扶養親族等申告書』を提出することはなかった。
ただし、所得税の源泉徴収の対象外であっても、年金額によっては個人住民税の課税対象になるケースがある。個人住民税の控除を受けるには、所定の手続きを市区町村や税務署に行うことが必要である。
この点について、令和8年度税制改正により、所得税の源泉徴収の対象ではない受給者であっても、個人住民税の各種控除を受ける場合には日本年金機構に『扶養親族等申告書』を提出することに変更された。そのため、「所得税は非課税だが、個人住民税は課税の可能性がある受給者」に対しても、日本年金機構から自動的に『扶養親族等申告書』が送られることになった。
具体的には、令和9年分の『扶養親族等申告書』は、次の年金額の受給者に対して発送される予定である。
■ 2027年分の『扶養親族等申告書』の送付対象者 ・65歳以上 … 年金額148万円以上 ・65歳未満 … 年金額98万円以上 |
申告書の発送は令和8年10月から順次、行われるようである。
図表06

所得税の源泉徴収対象外の受給者も、日本年金機構への手続きで個人住民税の控除手続きが完了できる点では、便利な仕組みといえるかもしれない。
防衛力強化のための新税も創設
今回の税制改正では、新しい税金も創設されている。名称は防衛特別所得税。これは、日本の防衛力強化の財源確保を目的に新設されたもので、令和9年1月1日以後に生じる所得から支払い対象とされる。
税率は支払う所得税額の1%分である。このため、令和9年の老齢年金の支払いの際には、これまで差し引かれていた所得税と復興特別所得税に加えて、防衛特別所得税も引かれることになる。
なお、令和9年からは、復興特別所得税の税率が2.1%から1.1%に下がる。そのため、老齢年金から差し引かれるトータルの税率は、これまでよりも増えることはないようだ。
図表07

ただし、今回の税制改正では、復興特別所得税を支払わなければならない期間が10年間延長され、令和29年末までとされた。そのため、実質的な国民負担は増加しているといえる。
令和8年度の税制改正により、2年連続で年金受給者に所得税の還付が行われることになった。受給者にとっては朗報だろう。ただし、年金に関係するルールが頻繁に変わるのは、国民にとって負担が大きい側面もある。安心して日々の生活を送れるよう、年金知識は常にアップデートすることが大切である。
今回のまとめ
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【参 考】

Lectures by the Labor and Social Security Attorneys



