top of page

【令和8年4月】労働契約を重視する「健康保険の被扶養者認定」の新基準

5月5日
読了時間: 9分

更新日:7 日前


大須賀信敬(特定社会保険労務士)


令和8年4月、健康保険の被扶養者認定の基準に新しいルールが追加された。追加された認定基準が使用されると、配偶者の扶養の範囲で働く人にはどのような影響があるのだろうか。今回は春から追加された新しい被扶養者認定ルールについて、仕組みを見てみよう。



目 次


■「今後1年間の収入の見込額」で決まる被扶養者

配偶者の扶養の範囲で働く人にとって、「健康保険の被扶養者に認定されるかどうか」はとても重要である。万一、認定を受けられなければ、健康保険料などを自分で支払わなければいけないからだ。


令和8年4月以降の認定ルールは、基本的な仕組み自体は今までどおりで変わりはない。ただし、一部、新しい考え方が追加されている。


はじめに、新しい考え方が追加される前の認定ルールをおさらいしておこう。夫に扶養される妻のケースで考えてみる。


次の2つの要件の両方を満たした妻は、被扶養者としての認定を受けることが可能である。

妻の年間収入が …

  • 130万円未満であること

  • 夫の年間収入の半分未満であること


なお、妻が60歳以上であったり障害厚生年金を受け取れるくらいの障害を持っていたりする場合には、年間収入の基準は少し緩くなり、180万円未満であれば扶養扱いの対象となる。


ただし、被扶養者の認定で使用する年間収入の考え方は間違えやすいので、とても注意が必要だ。ここでいう年間収入とは「過去の収入」ではなく、「今後1年間の収入の見込額」になる。「今後1年間の収入の見込額」は過去の収入、現時点の収入、将来の収入などから算出をする。


図表01


たとえば、給料の額が変わらないような職場・契約形態で働いているのであれば、過去1年間の収入がそのまま「今後1年間の収入の見込額」になるだろう。しかしながら、「最近、給料が増えた」などのことがあれば、過去1年間の収入は必ずしも「今後1年間の収入の見込額」にはならない。そのため、現在の収入をもとに「今後1年間の収入の見込額」を計算することになる。


さらに、「最近、給料が増えたのはたまたま忙しかったからで、一時的なことである」などの事情があれば、「今後1年間の収入の見込額」を計算するには将来の収入も見据える必要があるかもしれない。


このようにして算出された金額が130万円未満(60歳以上などでは180万円未満)かで、被扶養者になるかどうかが決まるわけである。


■「臨時収入」を対象外とする追加ルール

今回、追加されたルールの基本的な考え方は、次のようなものである。

「当初、想定されなかった臨時収入」が原因で結果的に年間収入が130万円以上になっても、被扶養者のままとする。


臨時収入によって年間収入が130万円以上になった場合、従前の認定ルールでは被扶養者の認定から外れるケースも存在した。過去・現在・将来の収入などから見た「今後1年間の収入の見込額」が、基準額以上となるためである。


今回、追加されたルールでは、その臨時収入が当初は想定されなかったものなのであれば、被扶養者の認定から外れないことになった。予定外に収入が増えても、扶養扱いのままで変わらないというわけである。


具体例で考えてみよう。月10万円の給料でパート勤務を始めたA子さんがいるとする。現在の給料額を年収換算すると120万円(=10万円×12カ月)なので、健康保険の被扶養者の認定を受けている。


ところが、A子さんの職場で突然退職者が発生しました。そのため、従業員一人ひとりの業務負担が増加し、残業がない契約のA子さんにも残業が発生してしまった。その結果、A子さんの給料には残業代が付き、月11万円になった。月11万円の給料を年収に換算すると、132万円(=11万円×12カ月)である。


このようなケースでも、給料の増加が「当初、想定されなかった臨時収入」によるものなのであれば、被扶養者のままにしようというわけである。


図表02


130万円未満のはずの年間収入が残業や出勤日数の増加で130万円以上になると想定された場合、パート勤務者の中には「予定外の残業や出勤の依頼には応じない」という就業調整を行う人も少なくない。就業調整をしなければ収入の増加によって健康保険の扶養扱いから外れ、保険料負担が発生してしまうからである。


しかしながら、職場に就業調整を行うパート勤務者がいると、その他の従業員の業務負荷が過重になってしまう。業務運営が頓挫しかねないケースもあるかもしれない。


このように、従来の認定ルールはパート勤務者はもちろん、その他の従業員や企業にとっても負担が小さくない側面があったといえる。従来の認定ルールが抱えるこのような問題点を解消する目的で策定されたのが、今回の追加ルールである。


パート勤務者の就業状況について調査した『令和3年パートタイム・有期雇用労働者総合実態調査』(厚生労働省)によると、配偶者がいるパート勤務の女性が過去1年間に就業調整をしたことがある割合は21.8%である。ただし、この調査結果には「そもそも就業調整をする必要がない人」や「明確に回答していない人」が多数含まれている。これらの人を除いて考えると、半数近くの女性が就業調整をしていることになる。


図表03


また、配偶者がいるパート勤務の女性が就業調整を行った理由では、最も多かった回答が「一定額(130万円)を超えると健康保険、厚生年金保険の被扶養者からはずれ、自分で加入しなければならなくなるから」で57.3%。配偶者の扶養の範囲で働く女性にとっては、健康保険の扶養から外れて自分で健康保険料を払うようになるのは、最も避けたい事態であることが分かる。


図表04


今回、追加されたルールでは「当初、想定されなかった臨時収入」は、被扶養者認定の判断材料にしないこととされた。そのため、A子さんのようなケースでも「年間収入は基準額以上になっていない」とされ、扶養扱いを維持することが可能になった。


その結果、パート勤務者は就業調整の必要がなくなり、被扶養者の認定を受けたまま収入が増えることになる。企業も人出不足状態を回避できるわけである。


■『年収の壁・支援強化パッケージ』の考え方を踏襲

実は、今回のルール追加には、『年収の壁・支援強化パッケージ』が大きく関係している。『年収の壁・支援強化パッケージ』とは年収の壁対策として講じられた政策で、今から3年前の2023(令和5)年10月にスタートしている。


同年3月、当時の岸田文雄首相はこども・子育て政策に関する記者会見で、次のように述べた。

「いわゆる106万円、130万円の壁によって、働く時間を希望どおり延ばすことをためらう方がおられると、結果として世帯の所得が増えません。~(中略)~ 106万円、130万円の壁について、被用者が新たに106万円の壁を超えても、手取りの逆転を生じさせない取組の支援などをまず導入し、さらに、制度の見直しに取り組みます」


出所:自由民主党ウェブサイト


このような趣旨を踏まえ、いわゆる「106万円、130万円の壁」対策として『年収の壁・支援強化パッケージ』が策定された。


図表05























出典:厚生労働省ウェブサイト


この施策は次の4つの取り組みで構成されています。

社会保険適用促進手当の標準報酬算定除外

キャリアアップ助成金のコースの新設

事業主の証明による被扶養者認定の円滑化

企業の配偶者手当の見直し促進


上記4つの取り組みのうち3番目の『事業主の証明による被扶養者認定の円滑化』は、年収130万円を就業調整の基準としている人を想定した対策である。具体的には、年収が一時的に130万円以上になる場合、一時的な収入変動であることを示す会社の証明書を提出すれば扶養扱いの継続処理が迅速に行われるという仕組みである。


図表06

















出典:厚生労働省ウェブサイト


『事業主の証明による被扶養者認定の円滑化』は当面の施策であり、上記の会見要旨にあるとおり「さらに、制度の見直しに取り組む」とされていた。そこで、この仕組みの基本的な考え方を踏襲した上で、今回の追加ルールが新設されたわけだ。


■「雇用契約の内容」がポイントに

それでは、今回追加されたルールについて、運用上のポイントを見ていこう。


(1)「当初、想定されなかった臨時収入」に該当するかは、「雇用契約の内容」で判断する。

追加されたルールの最大のポイントは、被扶養者の認定に「雇用契約の段階で見込まれる収入額」のみを使用することにある。具体的には、契約の内容が確認できる書類(労働条件通知書など)に記載されている時給の額・勤務日数や時間数などを使って計算した年間収入の見込額が基準額未満かどうかで判断することになる。


そのため、雇用契約に明確な規定がなく、契約段階では見込むことが難しかった残業などに対する給料の支払いは、被扶養者の認定時に年間収入には含まないこととされた。


たとえば、契約の際に渡された労働条件通知書の「所定時間外労働の有無」欄は「無」にマルが付いているのに、先ほどのA子さんのように退職者が発生したために残業を行ったなどの場合は、その残業は考慮せず、所定時間外労働がないと明記されている労働条件通知書の内容に基づいて判断することになる。


もちろん、労働条件通知書などに残業がある旨の記載が最初からあるのであれば、その残業分も加味して年間収入の見込額を割り出す。割り出した見込額が130万円以上になるのなら、被扶養者に該当することはない。したがって、今回のルール追加によって「130万円の壁」が完全になくなったわけではない。


なお、複数の職場を掛け持ちでパート勤務をしている場合には、すべてのパート先の労働条件通知書などを使い、雇用契約の段階で見込まれる年間収入が基準額未満かどうかを判断する。


(2)あらゆるケースで今回の追加ルールを適用するわけではない。

今回、追加されたルールは、例外なくすべての被扶養者認定時に使用されるわけではない。次の場合などでは今回の追加ルールは適用せず、従前どおりのルールで判断されることになる。

① 給与収入以外に他の収入(年金収入や事業収入など)がある場合

② 雇用契約の内容では年間の収入が判定できない場合(契約期間が1年未満のケースなど)

③ 契約内容を確認できる書類がない場合

④ 臨時収入が「社会通念上妥当な範囲」ではない場合

⑤ 複数の職場を掛け持ちでパート勤務をしており、それらの勤務先の中に上記に該当する事例がある場合


上記④にある「社会通念上妥当な範囲」については、残念ながら厚生労働省の見解は必ずしも具体性のあるものではなく、「社会一般に通用している常識や見解に照らして妥当という意味」「一概に示すことはできない」などと説明している。


令和8年度から追加された被扶養者認定ルールにより、パート勤務者にとっては「この残業依頼を受けると130万円以上になってしまう」などの心配が一定程度、解消されることになるようだ。果たして、このルール追加が就業調整の削減にどの程度、効果を示すのか。徐々に明らかになるのが楽しみである。


今回のまとめ

  1. 健康保険の被扶養者の認定は過去の収入、現時点の収入、将来の収入などから「今後1年間の収入の見込額」を算出して判断するのが原則である。

  2. 令和8年4月からは「当初、想定されなかった臨時収入」によって年間収入が基準額以上になっても、扶養から外れることがない。

  3. 追加されたルールは、『年収の壁・支援強化パッケージ』の中の『事業主の証明による被扶養者認定の円滑化』の基本的な考え方が引き継がれている。

  4. 令和8年4月からは「雇用契約の段階で見込まれる収入額」のみを被扶養者認定の判断に使用することが原則になった。ただし、従前どおりの仕組みで判断されるケースも残っている。


【参 考】



Lectures by the Labor and Social Security Attorneys

 
 

© 2007 ConsultingHouse PLYO

  • Facebook
  • X
bottom of page