大須賀信敬(組織人事コンサルタント)
社長に扶養される配偶者が受け取る老後の年金額は、夫である社長が「職場を法人化していない個人オーナーのケース」と「法人化された職場を率いる代表取締役のケース」で異なる。それぞれ、いくらくらいの年金を老後に受け取ることになるのだろうか。
40年間の保険料納付で満額受給になる「個人オーナーの配偶者」
社長に扶養されている配偶者が老後に受け取る年金は、社長が職場を法人化していない個人オーナーか、法人化された職場を率いる代表取締役かによって異なる。
初めに、社長が職場を法人化していない個人オーナーの場合を考えてみよう。「個人オーナーである夫に扶養される配偶者」の場合、公的年金上の立場は、年齢が20歳以上60歳未満で日本国内に居住しているのであれば、国民年金の第1号被保険者とされる。国民年金の第1号被保険者に該当した場合には、毎月、定額の保険料を納付する法律上の義務が課される。従って、「個人オーナーである夫に扶養される配偶者」も、毎月、定額の保険料を自分自身で納めなければならないことになる。
国民年金の場合には、20歳以上60歳未満の40年間について、毎月、欠かさず保険料を納めると、老後に年金を満額受給できる仕組みになっている。保険料を納めた期間が40年に満たない場合には、それに応じて老後に受け取れる年金も減額されることになる。例えば、20歳から60歳になる前までの40年間のうち、保険料を納めた期間が30年しかなければ、老後に受け取る年金も満額の4分の3になるわけである。
従って、仮に20歳以上60歳未満の40年間について「個人オーナーである夫に扶養される配偶者」という立場であった場合には、この間、漏れなく国民年金の保険料を自分で納めたのであれば、老後は満額の年金受給が可能になる。現在、国民年金の制度から受け取れる老後の年金の満額は、1年間で781,700円である。つまり、「個人オーナーである夫に扶養される配偶者」の場合には、保険料を自分で全て納めていると、自分名義の年金が1カ月あたり約65,000円受け取れることになるわけである。
保険料を全く納めずに満額受給も可能な「法人の代表取締役の配偶者」
それでは、社長が法人化された職場を率いる代表取締役の場合には、どうであろうか。「法人の代表取締役である夫に扶養される配偶者」の場合、公的年金上の立場は、自身の年齢が20歳以上60歳未満、夫の年齢が65歳未満であれば、一般的には国民年金の第3号被保険者とされる。国民年金の第3号被保険者に該当した場合には、前述の第1号被保険者と異なり、保険料を納付する法律上の義務が課されない。
しかしながら、第3号被保険者が保険料を納めなかった期間は、老後の年金額を決める上では、「保険料を納めた期間」として計算が行われることになっている。そのため、20歳以上60歳未満の40年間について第3号被保険者であった場合には、年金の計算上は、その40年間は「保険料を納めた期間」として年金額が決まることになる。
従って、仮に20歳以上60歳未満の40年間について「法人の代表取締役である夫に扶養される配偶者」という立場であった場合には、この間、国民年金の保険料を1円も納めることなく、老後は満額の年金受給が可能になる。つまり、自身の懐を全く痛めることなく、自分名義の年金を1カ月当たり約65,000円受け取れるわけである。
年金制度は「保険原理」に基づいて運営されるものである。「保険原理」の大原則の一つは、「保険料を “納めた人” が、年金を受け取れる」というものである。その意味では、「保険料を “納めない人” が、年金を受け取れる」という第3号被保険者の制度は、「保険原理」から大きく逸脱した仕組みである。しかしながら、扶養されている配偶者は、自身の収入がないのだから保険料負担は求めないという考えから、保険料を納めなくても年金受給を認める第3号被保険者制度が設けられているものである。
個人オーナーの法人化は「配偶者の年金」に有利?
このように、「社長業を営む夫に扶養される配偶者」という同じ立場であったとしても、年金上の取り扱いは、夫が個人オーナーか法人の代表取締役かで大きく異なるという特徴がある。夫が個人オーナーの場合には、その配偶者は40年の間に1回でも保険料納付を怠れば、満額の年金受給が不可能になるのに対し、夫が法人の代表取締役の場合には、その配偶者は自身では1円も支出することなく、老後の国民年金を満額受給できるケースさえあるからである。
このように、「配偶者の年金」という点だけを考えれば、事業を個人で営むよりも法人化したほうが有利といえるかもしれない。もちろん、組織の法人化は総合的な経営判断の基に行われるものであり、「配偶者の年金」の有利性だけを理由に実施すべきでないことは当然である。しかしながら、社長を夫に持つ女性の皆さんには、このような年金上の取り扱いの相違は見逃せないポイントといえるだろう。
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