大須賀信敬(組織人事コンサルタント)
現在、多くの企業が人手不足に悩んでおり、「給料を上げる」「福利厚生を充実させる」などの処遇の改善が行われている。ところが、給料を上げたにもかかわらず従業員の定着が図れないという企業は、決して少なくない。一体、従業員を安定的に確保するには、どうすればよいのだろうか。
処遇改善だけでは、人材は確保できない
昨今、さまざまな業種・業界で人手不足が取り沙汰されている。原因はさまざまだが、「短期間で離職する学卒新入社員が多い」「より高い給料をもらえる職場に移る非正規従業員が多い」などの問題が、少なからず影響しているのであろう。
このような問題に対し、多くの企業が処遇の改善を行う傾向にある。例えば、「給料を上げる」「福利厚生を充実させる」などである。しかしながら、処遇の改善だけで人材の確保ができるわけではないことは、あまり知られていないようである。
人材を確保・定着させるためには、従業員を「この会社で働きたい!」という気持ちにさせる必要がある。このような気持ちにさせる要因を動機付けといい、動機付けには2つの種類が存在する。『外発的動機付け』と『内発的動機付け』である。
『外発的動機付け』とは外部から与えられる動機付けである。例えば、「高い給料がもらえる」「福利厚生が充実している」などは、『外発的動機付け』に該当する。
これに対して、『内発的動機付け』は自分の心の中から湧き出てくる動機付けである。「この仕事でお客様に喜んでもらいたい」「この仕事で皆の役に立ちたい」などと考えるのは、『内発的動機付け』に該当する。
『内発的動機付け』が人材の確保を左右する
現在、多くの企業が取り組んでいる「給料を上げる」「福利厚生を充実させる」などの方策は、換言すれば『外発的動機付け』の向上策といえる。
しかしながら、「給料を上げる」「福利厚生を充実させる」などの方策には、財務的な制約が存在する。そのため、自社よりも財務余力の大きい企業には、絶対にかなわない。つまり、現在多くの企業が取り組んでいる『外発的動機付け』の向上による人材の確保・定着には、自ずと限界があるということである。
従って、本当に従業員の確保・定着を図りたいのであれば、『内発的動機付け』の向上に取り組むことが必要といえる。つまり、従業員本人に「この仕事でお客様に喜んでもらいたい」「この仕事で皆の役に立ちたい」と思わせることができるかどうかが、人材確保上、極めて重要なわけである。
使命感・重要感・達成感を得られない職場から人は去る
実は、従業員の『内発的動機付け』を喚起するために最も重要なのが、リーダーの存在である。リーダー自身が「当社は何のために存在するのか」「当社は社会にどのような価値を提供していくのか」を従業員に浸透させることができてはじめて、従業員の『内発的動機付け』は高まるものだからである。
そのため、リーダー自身に自社の経営理念・社会的存在意義の認識が十分ではなく、これらを従業員に浸透させられていないと、当の従業員本人に『内発的動機付け』は生まれにくい。そのような企業に勤める従業員は、給料や福利厚生などの『外発的動機付け』だけで職場選択を行うことになる。その結果、財務力に劣る企業ほど従業員の確保・定着が困難になるわけである。
一般的に、自社の経営理念・社会的存在意義は、入社時に説明を行う企業が多い。しかしながら、それだけで従業員の心の中に経営理念・社会的存在意義が浸透することはない。日常業務の中で常にリーダーが従業員に対して、「当社は何のために存在するのか」「当社は社会にどのような価値を提供していくのか」を訴え続け、経営理念・社会的存在意義に基づく意思決定や指導を繰り返すことにより、少しずつ浸透するものである。
日々、そのような指導が行われる職場で働く従業員は、自身の仕事に対して使命感・重要感・達成感を得られるようになる。その結果、「この仕事でお客様に喜んでもらいたい」「この仕事で皆の役に立ちたい」という思いが大きくなるのである。
『内発的動機付け』の喚起はリーダーの役割
非常に残念なことだが、経営者などのトップマネジメント層といえども、自社の経営理念や社会的存在意義の認識が十分でないケースが少なくない。部・課長クラスのミドルマネジメント層ではなおさらである。
そのような企業では、日常業務の中でリーダーが従業員に対し、経営理念・社会的存在意義に基づく指導を行うことはなく、単に売上・利益の向上や経費削減ばかりを要求しがちである。だから、処遇を改善しても従業員は退職するのである。
以上のように、人材の確保・定着にかかわる問題は、「リーダーの組織マネジメント力」に起因する問題である。それにもかかわらず、人材確保問題を人事セクションの問題と位置付け、『外発的動機付け』の向上策ばかりに余念がないようでは、人材の確保・定着は難しい。
従業員の『内発的動機付け』の喚起を可能にするのは、リーダーだけである。皆さんは、「当社は何のために存在するのか」を深く思考し、従業員の心に響くように繰り返し訴えているであろうか。
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