大須賀信敬(組織人事コンサルタント)
個人事業主やフリーランサーとして働く場合、老後の年金はどうすればもっと増やすことができるのだろうか。前回に必続き、今回も「個人事業主・フリーランサーの年金増額法」について考えてみよう。
新たな支出を伴わない年金増額法もある
「個人オーナーの年金増額法」として前回は、
保険料の “未払い” をなくす
国民年金に「任意加入」する
「付加保険料」を払う
という3つの方法を紹介した。他にも「国民年金基金や個人型確定拠出年金(iDeCo)に加入する」という方法も考えられるが、これらの方法はいずれも保険料という名の “支出” を伴う年金増額法である。年金制度は事前に資金を “支出” することでメリットを享受できるシステムなので、“支出” した資金が多いほど受取年金額も多くなるわけである。
ところが、新たな “支出” を行わないにもかかわらず、年金額を増やすことができる手段も存在する。それは「年金の受取時期を遅らせる」という手法である。
国民年金の老後の年金である老齢基礎年金は、通常であれば65歳から受け取り始めるものである。ところが、この受取開始年齢は本人の意思で変更することが可能である。
具体的には、65歳から受け取るはずの年金を66歳から70歳の間の好きなときから受け取り始めるという選択肢も用意されている。このように、通常の受取開始年齢よりも遅くから年金を受け取り始めることを「繰下げ受給」という。あるいは、「年金を繰り下げる」という言い回しで表現されることもある。
年金を遅くもらい始めた場合には、受取期間が通常よりも短くなる。例えば、65歳から受け取る年金を66歳から繰り下げて受け取ったとする。この場合、66歳から繰り下げて年金を受け取った人は、年金を受け取る期間が通常よりも1年間、短くなる。その分、1回にもらえる年金額が増えるという特徴がある。
最大42%の増額が可能な「繰下げ受給」
現在、年金を繰り下げることによる増額割合は、1カ月につき0.7%である。つまり、受け取りを1カ月遅らせるごとに、年金額が0.7%増額されるわけである。
先ほどの66歳からもらい始めるケースでは1年間、受け取りを遅らせることになるので、年金の増額割合は0.7%×12ヵ月=8.4%となり、65歳から受け取るよりも8.4%多い額がもらえることになる。現在、老齢基礎年金の満額は781,700円なので、1年間受け取りを遅らせると8.4%増えた847,363円が受け取れる計算になる。
一般的な金融商品の中に、元本が保証された上で1年間に8.4%も増額される仕組みはおよそ存在しない。国民年金は金融商品ではないが、年金増額法として見た場合、「繰下げ受給」は際立った手法であることが伺える。
この「繰下げ受給」は最長で70歳までの5年間、受け取りを遅らせることができる。仮に5年間、繰り下げたとすると年金の増額率は0.7%×60ヵ月(5年)=42%となり、65歳から受け取るよりも42%増えた額を受給できる。
具体的には、満額781,700円の老齢基礎年金が1,110,014円となる。老齢基礎年金の額は少ないことが取り沙汰される傾向にあるが、工夫次第では100万円を超える年金に変えることもできるわけである。
さらには、令和4年4月からは「繰下げ受給」の最長年齢が75歳まで延長されることが決定している。仮に、65歳から受け取る老齢基礎年金を75歳に繰り下げて受け取ったとすると、増額率は0.7%×120ヵ月(10年)=84%となり、約144万円まで増やすことが可能になるものである。
「繰下げ受給」で必ず得をするわけではない
ただし、「繰下げ受給」には全くデメリットがないわけではない。「繰下げ受給」で年金を受け取り始めても、万一、早く死亡した場合には、結果的に老齢基礎年金の総受取額が通常受給よりも少なくなるというリスクを抱えている。
たとえば、老齢基礎年金を70歳から「繰下げ受給」し、交通事故により71歳で死亡した場合には、42%増額された年金を1年間だけ受け取ることになる。そのため、結果として65歳から通常どおりの年金額で6年間受け取ったほうが、総受取額が多くなってしまう。
この点を考えると、「繰下げ受給」という制度は年金増額法という点では、万能とはいえないであろう。しかしながら、そもそも国民年金は社会保障制度の一環であり金融商品ではないので、年金増額法として万能ではないのも当然である。従って、「繰下げ受給」は65歳からの経済的事情などをよく考慮して利用をしたい制度といえる。
個人事業主やフリーランサーの年金は、法人の代表取締役と比べると、加入制度の数の違いから金額面で不利になるケースが多い。そのため、個人事業主やフリーランサーが将来受け取る年金で不自由をしないためには、制度の特徴をよく理解し、「年金制度を可能な限り “使い切る”」ことがポイントになる。将来の年金に安心感が生まれれば本業に集中でき、ビジネスに好影響を与えることも期待できよう。早い段階から考えておくに越したことはない。
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