大須賀信敬(組織人事コンサルタント)
企業が持続的成長発展を遂げるには、次代を担う若年社員の教育が欠かせない。その役割を中心的に担うのは、組織リーダーである。若手社員に対する教育項目は多数あるが、とりわけ「企業倫理」の指導は重要と言えよう。そこで今回は、リーダーが若年社員に「企業倫理」を理解させるには、どのように伝えればよいかを考えてみたい。
企業倫理を3階層で整理する
新入社員や若手社員に企業倫理を教育するのは、組織リーダーの重要な責務である。しかしながら、ビジネス経験に乏しい若年社員に企業倫理を適切に理解させるのは、簡単ではない。
それでは、どのように伝えれば、若年社員は企業倫理を理解できるのだろうか。伝え方はさまざまあるが、今回は企業倫理を階層に分割して説明する方法を紹介しよう。
企業倫理は、「法令を遵守した行動をとること」「組織規則を遵守した行動をとること」「常に倫理的行動を励行すること」の3階層に分割し、整理することが可能である。このような考え方を『企業倫理の3階層』などと呼ぶ。図で見ると次のとおりである。
この考え方を用いて若年社員に企業倫理を説明すると、比較的、理解しやすいようである。それでは、それぞれの階層について、具体的に見てみよう。
企業内外で求められる「法令の遵守」
企業倫理の1番目の階層は、「法令を遵守した行動をとること」である。つまり、企業倫理を実現する上では、企業及び企業の社員、役員、その他の全ての関係者は、常に法令を遵守する必要があるということである。仮に、企業または当該企業の社員などが法令に反する行動をとれば、企業倫理違反となる。
一例を挙げよう。本年3月、大手証券会社の社員が相場操縦の疑いで、東京地検に逮捕された。相場操縦は相場の公正な価格形成を歪めるものであり、金融商品取引法に違反する行為である。従って、企業倫理の第1階層である「法令の遵守」を損なった典型例と言える。
ただし、企業倫理上の「法令の遵守」は、必ずしも当該企業の業務遂行に関してのみ求められるわけではない。社員などの私的行為についても、「法令の遵守」が必要である。
例えば、同じく本年3月には大手テレビ局の社員が、IT導入補助金の不正受給による詐欺容疑で、大阪府警に逮捕された。この不正受給はテレビ局の業務遂行に伴って生じた行為ではなく、当該社員の私的行為の中で行われた違法行為のようである。しかしながら、「大手テレビ局社員による不祥事」として大々的に報じられ、当該テレビ局は社会的責任を問われる厳しい立場に追い込まれている。
以上のように、第1階層の「法令の遵守」は企業内だけでなく、企業外における行為にも要求される点が企業倫理上の大きな特徴である。
おざなりになりがちな「組織規則の遵守」
企業倫理の2番目の階層は、「組織規則を遵守した行動をとること」である。これは、法令に直接的な定めがない事項であっても、組織内に定められたルールが存在するのであれば、そのルールをも遵守しなければならないとする考え方である。守らなければ企業倫理違反となる。
具体的に考えてみよう。現在、在宅勤務を実施する企業では、テレワーク用の業務ルールを策定していることが多い。例えば、在宅勤務での情報セキュリティー向上のため、「資料はプリントアウトせず、パソコンの画面上で閲覧すること」「必ず自宅内で業務を行うこと」などの就業ルールを設ける企業が多数、見られている。
ところが、在宅勤務を行う社員の中には、「パソコンの画面よりも紙のほうが見やすいので、資料を印刷して使用する」「気分転換のため、近所のカフェで仕事をする」などを行う者がいることがある。
「在宅勤務時に資料を印刷してはいけない」などと定めた法令が、存在するわけではない。しかしながら、社内規則に「資料はプリントアウトせず、パソコンの画面上で閲覧すること」との定めがあるのであれば、これも遵守しなければ企業倫理違反が問われることになる。これが第2階層の「組織規則を遵守した行動をとること」の考え方である。
法令に比べ、組織規則は遵守に対する意識が弛緩しやすい。少しくらいなら問題ないだろうなどと考え、ルールを逸脱しがちである。この点が第2階層の難しい点と言えよう。
困難な意思決定も要求される「倫理的行動の励行」
企業倫理の最後の階層は、「常に倫理的行動を励行すること」である。これは、法令・組織規則のいずれにも直接的な定めがない事項についても、常に高度な倫理性をもって対応しなければならないとする考え方である。守らなければ企業倫理違反となる。
一例としては、新疆ウイグル自治区の強制労働問題に対する企業対応が挙げられよう。本人の意思に反する労働を強いられたウイグルの方々により、さまざまな資材・素材・製品が製造されていると報じられる中、同地区からの資材などの調達を停止する企業と継続する企業とに対応が分かれている。その結果、調達を継続する企業に対し、社会的責任を問う厳しい批判が一部の消費者から生じている。
もちろん、このような企業対応を直接的に規制する法令はなく、各社の組織規則にも明確な規定がないかもしれない。それにもかかわらず、調達を継続する企業に対して社会から厳しい視線が注がれるのは、「企業倫理上、好ましい対応ではない」と判断する消費者が多数存在するためである。
第3階層の「常に倫理的行動を励行すること」は、消費者視点での倫理的意思決定を必要とすることが多い。しかしながら、倫理的判断の結果が企業経済性に反することもあり、経営者は難しい選択を迫られがちである。これが企業倫理の第3階層の特徴である。新疆ウイグル自治区の問題に対する企業対応は、まさに典型例と言えよう。
好ましい企業倫理観を具備する人材は、若年社員の時期から教育しなければ育成が不可能である。『企業倫理の3階層』を活用し、ぜひ好ましい倫理観を備えた企業人を輩出してほしい。
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