大須賀信敬(組織人事コンサルタント)
社員に食事を提供していると、厚生年金や健康保険の保険料負担が増加することがある。企業による食事の提供は、社会保険上は「給与の支給と同等」と取り扱うのが原則だからである。それは一体、どのような仕組みなのだろうか。今回はこの点を整理してみよう。あわせて、2023年4月に実施された「食事提供に関する社会保険上の取り扱いの変更点」についても見ていこう。
食事の提供は「現物給与」として年金事務所に届け出ることがある
厚生年金や健康保険の保険料額は、会社が支給する給与額に応じた標準報酬月額に保険料率を乗じて決定される。従って、社員の給与から正しい保険料額を徴収するには、給与額を適正に標準報酬月額に反映させなければならない。
そのために注意すべきポイントのひとつに、社員に現金以外の形態で労働の対価を支給している場合の取り扱いがある。社員を厚生年金や健康保険に加入させる際は年金事務所に当該社員の給与額を届け出る義務があるが、現金以外の形態で支給しているものも金銭に換算して届けなければならないからである。
労働の対価として社員に支給するもののうち、現金以外の形態で与えるものを「現物給与」と呼ぶ。例えば、社員への食事や住まいの提供は、「現物給与」の支給と取り扱うことが原則とされる。そのため、通常はこれらを金銭に換算した上で社員個々の給与額に上乗せし、年金事務所への届け出書類に明記しなければならない。
とりわけ、社員に食事を提供している場合には、注意が必要である。2023年4月から、食事を金銭に換算する基準が一部変更されたからである。
「現物給与」の算入もれは長期間にわたって影響を及ぼす
例えば、東京都に所在する企業が社員に食事を提供している場合、「現物給与」として1カ月当たり最大で23,100円を通常の給与額に上乗せし、年金事務所に届け出る必要がある。つまり、現金で支払う給与とは別途、23,100円分の給与を「食事」という形態で社員に支給していると考えるのである。仮に、現金で支払う給与額が300,000円であれば、「食事」という形態で支払う給与23,100円を上乗せした323,100円が年金事務所に届け出るべき給与額となる。
通常、給与額を323,100円と届け出ると、厚生年金保険料の計算の基礎となる標準報酬月額は20等級の320,000円に決定される。一方、食事支給分の「現物給与」を含まずに300,000円で手続きをすると、厚生年金の標準報酬月額は1等級低い19等級の300,000円と決定されてしまう。標準報酬月額が本来の額よりも低くなるので、その分、保険料額も本来負担額より過少となる。
また、標準報酬月額が本来の額よりも低く決定された場合には、その分、社員が将来受け取る年金額も少なくなる。年金額は現役時代の標準報酬月額に応じて金額が決定されるからである。この場合、社員は過少に決定された年金を生涯受け取り続けなければならない。従って、「現物給与」の届け出もれの影響は、決して小さくないといえる。
社員の自己負担があれば「現物給与」を届け出不要のケースも
ただし、食事を金銭換算した額の3分の2以上を社員が自己負担している場合には、年金事務所への届け出が不要となる。
例えば、東京都に所在する企業が社員に食事を提供しており、食事を金銭換算した額が最大額の月額23,100円のケースで、社員の給与から食事代が毎月16,000円徴収されていたとする。この場合、社員の自己負担額16,000円は、食事を金額換算した額23,100円の3分の2以上に当たる。このようなケースでは「現物給与」の支給はなかったと取り扱うことになり、食事提供に関わる金額を届け出る必要がなくなるのである。
一方、社員の自己負担が3分の2に満たない場合には、食事を金銭換算した額の一部を届け出なければならない。
仮に、前述の企業で、給与からの食事代の徴収額が毎月5,000円であったとしよう。この場合、社員の自己負担額5,000円は、食事を金銭換算した額23,100円の3分の2未満である。このようなケースでは、23,100円から自己負担額5,000円を差し引いた18,100円が届け出額とされる。従って、現金で支払う給与額に18,100円を上乗せした額を、年金事務所への提出書類に明記しなければならない。
2023年度は18府県で食事の金銭換算額が変更に
2023年4月からは、以下のとおり18府県で食事の金銭換算額が変更されている。
例えば、岩手県に所在する企業が社員に食事を提供している場合、食事を金銭換算した額は、2023年度は1カ月当たり最大22,200円とされた。これは昨年度よりも300円多い額である。従って、年金事務所に『資格取得届』などを提出する際は、新年度の額を基準に届け出る必要がある。誤って昨年度の金額を記載しないように留意したい。
また、食事を金銭換算した額に変更があった場合には、「随時改定」と呼ばれる標準報酬月額の変更手続きが必要になることがある。「随時改定」は届け出のもれや誤りが多い手続きなので、注意が必要である。
昨今の物価高騰を踏まえ、社員の家計補助を目的に「新たに食事の提供を始める企業」「食事に対する社員の自己負担を低減・廃止する企業」がある。一方、経営悪化やテレワークの進展で「食事の提供を中止する企業」も存在している。このように、社会・経済情勢の変化に伴い、企業による社員への食事提供の仕組みには態様の変化が少なくない。従って、「現物給与」の取り扱いを誤ることのないよう、自社の現況を再確認することが重要であろう。
【参考】
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