top of page

テレワークで年金が減額!? コロナ対策の意外な落とし穴 

                       大須賀信敬(組織人事コンサルタント)


新型コロナウイルス感染症対策として、一気に注目を浴びることになったテレワーク。ところが、この制度を利用することにより、従業員の将来の年金が当初の予定よりも少なくなってしまう可能性があるという。それは一体、どのような仕組みだろうか。



緊急事態宣言下で “9割” の企業がテレワークを実施

緊急事態宣言下でテレワークを導入する企業が増えている。日本経済団体連合会が2021年1月29日に発表した「緊急事態宣言下におけるテレワーク等の実施状況調査」の調査結果によると、9割の企業が原則としてテレワークを可能な業務で実施していると回答した。


特に、政府・行政機関が推奨する在宅ワークは、新型コロナウイルス感染症対策の一環であるのはもとより、働き方改革の実現とも相まって導入する企業が増加傾向にあるようである。このように、在宅ワークを中心とするテレワークの普及に伴い、制度のメリットや課題が議論される機会も増えてきた。


しかしながら、そのような場ではあまり取り上げられることのない問題点が、在宅ワークには内在している。企業が在宅ワークを取り入れることにより、「従業員の将来受け取る年金が、当初の予定よりも減ってしまう可能性がある」という問題点である。


通勤手当の削減が年金減額につながる

厚生年金に加入しながら働く従業員は、原則として65歳から老齢厚生年金という年金を受け取ることになる。老齢厚生年金の金額を大きく左右するのが、厚生年金の保険料計算の基になる標準報酬月額という数値である。


例えば、会社から支給される給料額が35万円以上37万円未満の場合には、標準報酬月額は22等級の36万円と決定される。現在、厚生年金の標準報酬月額は1等級から32等級までに分かれており、給料が高くなるほど大きな数字の等級に、給料が低くなるほど小さな数字の等級に当てはめられることになる。


在宅ワークの普及によって通勤手当が減額または不要になった場合には、その分、従業員が受け取る給料額も低下する。標準報酬月額は会社から支給される通勤手当も含んで決定するルールのため、通勤手当の減額等によって給料額が低下し、その結果として標準報酬月額も下がれば、当然、将来の年金額にマイナスの影響を与えることになるわけである。


2等級以上下がると4カ月目から低い標準報酬月額に

現在、通勤手当の平均支給額は事務職の課長クラスで1カ月当たり約1万9千円とのことである(令和2年職種別民間給与実態調査/人事院)。仮に、通勤手当1万9千円を含む合計35万円の給料を受け取っているケースでは、給料額が35万円以上37万円未満の場合に該当するので、標準報酬月額は22等級の36万円とされる。


ところが、在宅ワークにより仮に1万9千円の通勤手当の支給がなくなれば、給料額は33万1千円(=35万円-1万9千円)にまで減少する。この場合の標準報酬月額は、給料額が33万円以上35万円未満を対象とする21等級の34万円とされる。つまり、通勤手当がなくなったことにより、標準報酬月額の等級が22等級から21等級に下がるわけである。


このように、在宅ワークが実施された結果として、月々の通勤手当がなくなるなどの事態になった場合には、標準報酬月額の等級が1~2等級下がるケースが少なからず発生すると推測される。遠距離通勤などのために平均よりも高い通勤手当を受け取っているケースでは、3等級以上下がることもあるだろう。


ただし、厚生年金の標準報酬月額は給料額が下がった後、直ちに変更されるわけではない。例えば、通勤手当がなくなったことにより、標準報酬月額の等級が2等級以上ダウンする場合には、手当がなくなった月から数え始めてから4カ月目の標準報酬月額から変更されることになる。例えば、5月に受け取る給料から通勤手当がなくなったのであれば、4カ月目に当たる8月の標準報酬月額から等級が下がるものである。標準報酬月額の低下が1等級の場合には、一般的には、翌年の9月の標準報酬月額から変更されるケースが多くなるであろう。


長期的視点を踏まえた制度導入を

会社から支給を受ける通勤手当は定期代などに充てられるものであり、従業員が自由に処分できる金銭ではない。そのため、一般的には通勤手当がなくなったとしても、従業員本人は「給料が減ってしまった」というマイナスの認識を抱きにくいものである。


それどころか、標準報酬月額の等級が下がることによって厚生年金や健康保険などの保険料負担も下がるため、通勤手当の削減は “嬉しい制度変更” と理解する従業員が多いかもしれない。


しかしながら、現在、年齢65歳以上の高齢者世帯では収入の63.6%が公的年金で賄われている状態であり(2019年国民生活基礎調査/厚生労働省)、年金は老後の生活に不可欠な金融資産である。その年金が在宅ワークにより、当初の予定より多少なりとも減額になる可能性がある事実を知れば、決して “嬉しい制度変更” とは言い切れないのではないだろうか。


在宅ワーク導入の際は、「将来の年金額にマイナスの影響を与える可能性がある」という長期的な視点も忘れずに検討したいものである。

bottom of page